『そんな休日』
アメルの休日は、とても少ない。
一日丸ごとの休みは半月に一度あればいい方で、酷い時には一ヶ月以上帰ってこない。
だからこそ、滅多に会えない家族が少しでも傍にいたい、と考えるのは当然で。
この日ばかりは、ロッカやリューグも自警団を休んで、アメルの傍にいる。
つまり、手に入るのだ。
男手が。
「……塩を一つまみ、っと」
パパッと振って、勢いよくひっくり返す。
アメルの慣れた手さばきに、こんがり狐色に焼けた芋パンケーキから、家中に食欲をそそる匂いが立ち登る。
「いー匂い。やっぱアメルは上手だよね」
「ふふっ、おだてても何も出ないったら」
横からその手付きを覗いたに、アメルが嬉しそうに顔を綻ばせる。
このパンケーキの長所は、何といっても作るのが簡単なことと、腹持ちすることだ。育ち盛り・働き盛りの多いアグラバイン家では、定番メニューと言えるだろう。
人数分のパンケーキを焼き終わったアメルは、エプロンを外しながらに声をかけた。
「。皆を起こして来るから、後はお願いね?」
「ん、解った」
スープの味見を片手に、はアメルを見送った。
やはりアメルが居ると、朝食の支度がいつもより段違いに早い。
最近ようやく家事に慣れてきたとはいえ、まだまだ免許皆伝には程遠いは、アメルから学ぶことが山ほどある。
「……で、塩加減が大事っと」
忘れない内に作り方を復習するに、ひょいっと影が差し込んだ。
「朝メシ、それか?」
「あ、お早う、リューグ。棚から皿とフォークとナイフとコップと牛乳の瓶とジャム出して?」
「……朝っぱらから扱い荒いぞ」
笑顔で要求してくるに、憮然とリューグは毒づいた。
使い終わったフライパンや鍋を洗いながら、はぴっ、と使ったばかりのお玉をリューグに向ける。
「『立ってる者は親でも使え』。これ、私の故郷では常識だよ。さぁ動け、働けぃ」
「……なんつー世界だ……」
「名言じゃない。失礼な」
嘆かわしそうに首を振るに、リューグは諦めて戸棚から皿を取り出した。
大きなテーブルに人数分の食器を並べて、これ以上手伝ってやるものかと、どかっと椅子に腰を下ろす。
「食べるだけ皿に乗せてね」
「へーへー」
「ってコラ!」
積み上げられたパンケーキに伸ばしたリューグの手が、停止する。
どかっと垂直に刺された、
包丁によって。
「……っ危ねぇぞ!」
「言っても解らないからでしょ! 手掴みで取らない!」
「うるせぇな! アメルみてーなこと言ってんじゃねぇよ!」
反射的にがなりたてたリューグの言葉に、おやまあ、とが目を見開いた。
「ふ〜ん、そーゆーこと言っちゃう?」
「お、おい!?」
自分の失言に慌てるリューグを前に、にんまりと、心底楽しそうにが笑った。
「……アメルー! リューグがね、アメルのコト――!」
「ちょっ、ちょっと待て! オイ!」
廊下に向かって大声を上げるを捕まえようと、リューグは慌てて台所を駆け回る。
大きな犬と猫がはしゃいでいるような、どたばたとした騒音に、ロッカとアグラバインは台所に入れずに目を丸くしていた。
「何の騒ぎじゃ?」
「二人とも、どうしたんだ?」
「おじーさんとロッカ、お早う! 実はねリューグがアメふごっ」
「何でもねぇ!」
早速バラそうとした口を塞がれ、がむーむーとくぐもった声を上げる。
そこへ現れたアメルもまた、二人の様子に首を傾げた。
「誰か呼んだ?」
「何でもねぇってんだろ!!」
「「「……」」」
かなり様子がおかしいが、ここで聞けばリューグの機嫌はまっ逆さまに急降下だ。
付き合いの長い三人はそれ以上何も言わず、内心笑いを噛みこらえながら椅子に腰かけた。
「いい匂いじゃな。朝食にせんか?」
「あ、はーい」
いそいそと食事の用意を再開するとアメルに、不機嫌ながらもリューグは椅子に座り直す。
出来立ての食事を前に、祈りの言葉を唱え、ナイフとフォークを取った。
久しぶりの休日の、始まりだった。
「と、言う訳で」
「何がだ」
「ロッカは棚、リューグは屋根の修理よろしくね?」
はいっ♪
に笑顔で差し出された、日曜大工道具一式。
最近仕事詰めで、一日家でごろごろしようとしていた兄弟は、その考えが甘いことを悟らされた。
「てめっ、久しぶりの休日に、少しくらい休ませろよ!」
「うん。終わったら好きなだけ休んで?」
「……!!」
「諦めろ、リューグ」
女性に口で敵うはずがない、と経験上知っているロッカは、まだまだ若いリューグにそう諭す。
しかし世の中の機微を分かるほど、リューグはまだまだ廃れていない。
「んなモン、じじぃにやらせりゃいいだろ!」
「駄目だよ。アグラおじーさんは薪割りしてるんだから」
すっぱりは切り返す。
「「……」」
確かに耳を澄ませば、カーンカーンと規則正しい音が聞こえてくる。
一家の大黒柱さえもコキ使っているに、『遠慮』とか『控えめ』とか、そんな言葉は見当たるのだろうか。
「あ、それと修理が終ったら、部屋のシーツとカーテン持ってきてね」
「……っざけんな!」
「ふーん、文句あるの? それとも、部屋を引っ掻き回して掃除して汚れ物全部持ってきてもいいの?」
の言葉に、リューグは思わず口を閉ざす。
家族の一員とはいえ、同じ年頃の女の子に部屋を荒らされたくないのは、リューグもロッカも同じだ。
「「……」」
「頑張ってね〜」
無言で大工道具を手に取った兄弟を、は笑顔で見送った。
兄弟が命じられた修理が終わったのは、日も高くなってからだった。
数日前の長雨で腐っていた屋根板をようやく直し終えて、椅子に沈み込んでいたリューグに、台所からアメルが顔を出した。
「リューグ、呼んできてくれない?」
「は?」
思わず聞き返したリューグに、茶器の用意をしながらアメルは更に言った。
「外で洗濯物干してると思うから。そろそろお茶にしましょうって伝えてくれる?」
「……解った」
アメルに笑顔でお願いされて、どうやってリューグが断れるだろう。
ぶつぶつと毒づきながら廊下に出て行ったリューグを、アメルと同じく休んでいたロッカは静かに見送った。
そして、互いの顔をにやり、と見返す。
「行ったね」
「今日はどうなるかしら?」
そう言いながらリューグの後を追う孫たちを、アグラバインは穏やかな目で眺めていた。
これもまた、いつもの光景だった。
アメルの言葉通り、は庭で洗濯物を干していた。
普段出る衣類に合わせて、シーツやカーテン、ベッドカバーまで洗濯した布の山を乗り越えながら、リューグは声をかけた。
「おい、茶にしよーってよ」
「解った。これ干してから行くよ」
てきぱきと動くの手を見ながら、リューグはふと、気づいた。
が休む姿を、一度も見ていない。
「……お前、いつもこんだけ動いてんのか?」
「え? そりゃそうだよ」
事もなげに頷いたに、リューグの渋面が深まった。
「……お前、何でそこまでやるんだよ」
「え?」
異世界から召喚された、身寄りのない少女。
最初は面倒な存在でしかなかったが、今では家族の一人と思っている。
そんなを、まるで自分たちの都合で言い様に使っている気がして、リューグはそんな自分の考えを、ハッと吐き捨てた。
「俺たちが無理矢理コキ使ってるみてぇじゃねーか」
自分たちへの恩返し。
身寄りのない不安。
「ちっとは楽しようとくらいしろよ!」
嫌な言葉が次々と思い浮かんでくる中で、リューグは目の前の黒髪の少女を睨みつけた。
そんなリューグを気にも止めず、は不思議そうに首をかしげた。
「……何言ってんの? だって私以外の誰もできないじゃない」
それが、当たり前だと言わんばかりに。
思わず面食らってしまったリューグを前に、ひいふうみい、とは指折り数えていく。
「だってアグラおじーさんは木こりだし、リューグとロッカは自警団で忙しいでしょ? アメルは聖堂から中々帰ってこれないから、家には私しかいないのに」
「……けどよ」
「大体ね、今日はアメルがいるから、すっごい楽なんだよ? 一番めんどくさい食事と掃除をやってくれるから、私も細かいの片づけられるんだから」
シーツをぱんっと叩きながら、は口元だけで笑う。
「せっかく全員いるんだもん。皆で一気に片づけちゃえば、ゆっくりお茶も楽しめるでしょ?」
「……だな」
「まぁ、私が働いてる横でリューグが楽してるのが、イヤってのもあるんだけど」
「あるのかよ」
けらけらと笑うに、リューグもまた笑みがこぼれる。
……コイツは、馬鹿だ。
「手伝ってやるよ」
「え?」
聞き返したに、リューグはふんっと鼻を鳴らした。
「手伝うってんだろ。これ干せばいいのか?」
「あ、えっと、うん。ありがと」
「いいから、さっさと手ェ動かせよ」
突然のリューグの心変わりに驚きながら、もまた急いで手を伸ばす。
狭い庭で、洗濯物を並べていく。
真っ白なシーツに囲まれたと目が合うと、楽しそうな笑顔が見えた。
……まぁ、こんな休日もたまにはいいか。
「押しが甘いのよねー、リューグったら」
「そこで笑顔を見せれば、も落ちそうなのに」
「な、ん、の、話をしてやがるテメェら!!」
覗き見がバレたアメルとロッカが、怒髪天のリューグに家中追いかけられたのは、また別のお話。
1000キリ番、「サモナイ小話、リューグ相手の日常どつきあい」でした!
連載ではゼラムに着いた直後なので、レルム村の過去話です。
どうしてリューグはウチの主人公が絡むと、熟年サラリーマン夫婦のような会話になるんでしょう……。
リクエスト、ありがとうございました!
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