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 鬼と悪魔と彼氏と彼女 シンデレラ後編




 時間はあっという間に過ぎて。
 もう、舞踏会当日になってしまいました。

「……作者、喧嘩売ってる?」

 鋭い殺意を感じますっ。
 荒々しくチッと舌打ちしたシンデレラですが、この数日間何もせず、ただ掃除をしたり株を操作したり継母をいびっていた訳ではありません。
 シンデレラもまた、王子の魔の手から逃れる方法を必死に実行していたのです。

「……あー、肩こった……」

 一応荷造りして、夜逃げの準備も完璧ですが、一週間前から鎖国状態の青春王国は、蟻の子一匹逃げ出せません。なるべく合法的な犯罪を目指しているシンデレラは、国境越えの大罪を王子のためなどに負うつもりは、さらさらありません。
 窓の外を見れば、派手な馬車ががらがら進んでいくのが見えます。次期後継者の腹のうちなど知らない、平和な民衆です。

「さてと……」

 とりあえず、当座のシンデレラがするべきことは。

 継母と義姉たちの、飾りつけです。





「「行きたくないっ!!」」

 義姉ツインズがそう叫ぶのも、最もです。
 舞踏会といえば、ダンス。
 ダンスといえば、ドレス。
 どんなに外見や性別が裏切っていても、彼らがシンデレラの義姉である限り、絶対に舞踏会へと赴かなくてはなりません。
 当然ドレス着用で。

「何をしている。早く支度しろ」
「何さっさと着替えてんのにゃ、手塚」

 昂然と登場した継母(手塚)に、義姉(菊丸)がツッコミます。
 鮮やかな紅色のドレスを身につけている継母に、青学のルーキーは『……こんなのが青学の柱か……』とガラスのハートがブロークンです。

「いい加減、諦めが肝心だろう」
「手塚は諦めるのが早すぎにゃ」
「だからネットで究極の総受けって呼ばれるんだ」
「何の話だそれは!?」

 何でしょうね。
 さて、いつまでも話している暇はありません。継母と義姉たちには、とっとと舞踏会に消えてもらわないといけません。


せんぱっ、助け――ッ!!」
「いやにゃああぁぁ!!」


 がたんどすんばたん。
 騒々しい物音と共に、絹を裂いたような悲鳴を上げる義姉たち。
 シンデレラは義姉たちから視線を逸らしました。心のどこかに残っていた良心が、ずきずきと痛みます。けれど王子から逃れるには、犠牲は必要なのです。

「……ッ許せ、お前たちの死は忘れない……!!」

 くっとシンデレラは涙を飲みました。





 ふんだんにレースを使い裾をふくらませた若草色のドレスと、全体にビーズを縫い付けてきらきらと輝く空色のドレス。
 短かった髪は結い上げて簪やリボンで飾り、ほっそりした首の生え際を覗かせる。
 頼りなさげな、折れそうに細い背中。
 ふんわりと匂う香水。
 可憐なその姿は、まるで春の妖精のように愛らしい……。


「……ぷっ」
「「笑うな(にゃ)!!」」


 思わず吹き出したシンデレラに、義姉たちが食ってかかります。
 ちなみに菊丸英二が若草色のドレス、越前リョーマが空色のドレスです。とても成長期の少年たちとは思えない女装です。

「つーか、何スかこのドレス!? めちゃめちゃ体にピッタリじゃないスか!!」
「と、特注してみました……」
「何でそんな余計なことすんのさ!? ちゃんのバカー!!」
「ごめん、ごめ……っ」

 うわあぁん、と泣き崩れてしまった二人を、シンデレラは笑い崩れながら宥めようとしています。しかし間違いなく逆効果です。
 最後には涙目になり呼吸も難しくなったシンデレラに、義姉たちが機嫌を悪くしたのも仕方ありません。

「も、もう、センパイなんて知らないっス!!」
「昼食の片付け、一人でやればいいにゃ!! オレたち帰ってきても手伝わないからにゃ!!」
「……行ってくる」

 捨て台詞(?)を叫びながら、義姉たちと継母は馬車に乗って出かけていきました。
 広い屋敷にぽつんと残されたのは、平凡な服のシンデレラだけ。
 今現在で最も『シンデレラ』らしい展開と言えるでしょう。

「……あー、面白かった……」

 全然反省してないシンデレラは、目に溜まった涙を拭きながら、てきぱき装飾品の数々を宝石箱にしまい、ドレスがしわにならないようアイロンを掛け、埃よけのカバーをかけてクローゼットに仕舞います。
 服が一段落したところで、次は四人分+アルファの皿洗いです。
 ドレス選びで片づけていなかった、皿や鍋など山のような汚れ物を前に、シンデレラはぐいと袖をまくり上げました。

「手伝おう」
「お、ありがと」

 シンデレラがスポンジで洗い、魔法使いが泡を水で流します。
 流れ作業と言ってもよい素晴らしい手さばきに、洗い場いっぱいに溜まっていた汚れ物は、あっという間に減っていきます。
 一人でやれば数十分かかる片付けを、彼らは十分も掛けずに片づけてしまいました。何て見事な手さばきでしょう。
 皿の水滴をふきんで拭い終わったシンデレラは、隣で銀食器を戸棚に戻している魔法使いに微笑みかけます。

「ありがとう。お蔭でずっと早く終わったよ」
「どういたしまして」
「ところで乾、何でいるの?」

 コキ使うだけ使っておいて、シンデレラはようやく話を切り出しました。
 相変わらず、長身に黒ローブという怪しさ爆発の格好をした魔法使いは、逆光眼鏡を指で押し上げながら、さっさと尋ねます。



。舞踏会に行く気は――」
「無い」



 仮にもシンデレラなので、もう少し躊躇して欲しいものです。
 しかし魔法使いも知れたもの、シンデレラの反応を予想したのか、慌ても騒ぎもしていません。

「不二周助は何だって?」
を舞踏会まで護送する、というのが俺の仕事だな」
「成る程……」

 ギラリ、と目が危険な光を帯びたシンデレラに、魔法使いは急いで両手を上げました。

「勘違いしないでくれ。力尽くでをどうこうできるなんて、無謀なことは考えない」
「へえ? じゃ、諦める?」
「いいや。一度受けた仕事は、最後までやり遂げるのが身上だ」

 商売人の鑑です。
 胸を張って答えた魔法使いに、シンデレラはにやりと悪どい笑顔を見せました。

「なら、取り引きしようか」
「と言うと?」
「ちょっと耳貸して」




 ごにょごにょごにょ。




「……できないことも無いが、も辛い思いをするぞ」
「覚悟してる」

 きっぱり言い切ったシンデレラに、魔法使いは大きく頷きました。

「解った、手を貸そう。それと、少し対価を貰うことになるが」
「何、金?」
「金銭なら法の網を潜れば、けっこう簡単に……いや、そうじゃない。真・野菜汁の実験体が欲しいんだ」
「後遺症を残さず、一週間程度なら、三人貸し出すよ」

 こんな微妙な優しさが、王子とシンデレラの違うところです。
 ただ単に、後から再利用の予定かもしれませんが。
 こうしてまた、家族という名の生贄が売りに出されていきました。序盤で召された大石と河村は、今頃神に感謝していることでしょう。








 優美なフォルムがかぼちゃに見えなくもない、それはそれは豪奢な馬車が王城に到着しました。
 既に舞踏会も中盤に入り、こんな遅くにやって来るのは余程の貴族か他国の姫君なのだろう、と値踏みしようとした令嬢たちは、その目を大きく見開きました。


 レースやフリル、ドレープを極限まで除いた、雪花石膏よりも純白な、白絹の美しさを引き立たせる見事なドレス。
 女性らしい曲線を描いた、すらりとした白百合のような気品溢れる立ち姿。
 紅を塗られた薄い唇は艶やかで、切れ長の目は黒曜石のように煌めいている。
 透けそうに白い肌と、高く結われた黒髪の対比。
 そしてドレスの裾から覗く、折れそうなほど細い足首と、ガラスの靴。


(((((うっわ〜、すっげー美人〜)))))

 皆様忘れておられるかもしれませんが、この話に出てくるのは、各中学の男テニレギュラー。現役中学生のボキャブラリーなど、こんなものです。
 兎に角、王宮の威信を賭けて製作された、最高級のドレスです。光り輝くようなシンデレラに、誰もが圧倒されました。
 ですが、いくら外見が美しくなろうと、中身がであることに、変わりは無いのです。……いいセリフなのに、何故黒く聞こえるのでしょう?

 シンデレラはそこらの雑魚など無視して、一直線に大広間へと進んでいきました。
 その姿は、舞踏会に訪れた初々しさよりも、むしろ敵陣に単身で斬り込んできた特攻魂を感じさせます。
 周囲の視線に晒されながらも、毅然と視線を上げるシンデレラに、シンデレラの家族と国王夫妻は、こう思いました。

(((((……漢だ……!!)))))

 純白のドレスが、まるで死に装束のようです。
 そんなシンデレラを遠巻きに見つめていた招待客は、突然ずさっとモーゼの十戒のごとく、真っ二つに割れて道を明けました。



「とっても奇麗だよ、ちゃん」



 元凶の登場です。
 女性は化ける生き物ですが、男はそれほど変わりません。王子の服装は白い学ランに派手な飾りがじゃらじゃら付いたもの、とでも想像してください。
 にこやかに現れた王子に、シンデレラは殺意を隠そうとせず、王子を親の敵のように睨み付けました。


「僕と踊っていただけますか?」
「喜んで」


 棒読みです。
 にこやかに差し出した王子の手に、シンデレラは自分の手を合わせました。
 数瞬遅れて、楽隊が華やかなワルツを響かせます。

 ♪♪♪〜

 シンデレラと王子は優雅に、そして軽やかに踊り出しました。
 終始笑顔の王子と、堅い表情のシンデレラが踊る様子は、まるで一対の完成されたガラス細工のようにさえ見えるのです。
 そんな二人の仲睦まじい(?)姿に、周囲は小声で囁きました。

「……す、すっげぇ……」
「……ホラー映画より怖えーぞ、あの光景……」
「……俺、鳥肌止まんねぇ……」

 軽やかにステップを踏むシンデレラと王子に、周囲は戦々恐々です。
 BGMは優雅なクラシックなのに、シンデレラと王子の周りだけは、ダースベイダーのテーマ曲が流れている気さえします。
 このまま行けば、二人を中心に地獄の穴さえ開きそうです。

 ♪♪♪〜……

 そうして、シンデレラには永遠とすら感じた拷問が、ようやく終わりました。
 王子と踊っている間、何度舌を噛みたくなったことでしょう。
 曲が終った瞬間、ペイッと生ゴミを投げ捨てる勢いで手を離したシンデレラに、王子はくすっと微笑みました。

ちゃん」
「何」
「このまま帰れるなんて、思ってないよね……?」

 白い手袋のはめられたシンデレラの手を、すっと持ち上げると。
 王子はその指先に、軽く口付けました。

「っ……!」
「逃げないで」

 真剣な顔で、王子は囁いた。
 その真摯な声に、周りの観客たちは興味半分、恐怖半分ながらその様子を見つめた。

ちゃん」

 王子の唇が、シンデレラにゆっくりと近づいた。




「僕は、本当に君を――」
 ぼーんぼーんぼーんぼーんぼーんぼーんぼーんぼーんぼーんぼーんぼーんぼーん。



 鐘が鳴った瞬間。
 シンデレラは王子の首筋に手刀を叩き込み、ふらつきながらも繰り出した王子の足払いをひらりと避け、そのまま勢いを殺さず鳩尾に肘を打ち込みました。
 余りに素早い動きに、周囲も何が起きたか分かった者はいないでしょう。

「く、っ……」
「では王子様、ごきげんよう」

 にっこり捨て台詞を残して、シンデレラは逃走しました。
 ガラスのハイヒールは邪魔になるので、潔く両方とも脱ぎ捨て、大理石の床を裸足で駆け抜けます。凄まじい逃げ足に、周囲で見守っていた貴族や衛兵たちも、咄嗟に反応できません。
 そうしてシンデレラは、風になりました――……。









 舞踏会から帰ってきた継母と義姉たちは、全身ずたぼろで何とか家に着くことができました。
 それと言うのも、突然現れた姫君――つまりシンデレラが逃げた後、王子の機嫌が荒れに荒れたからです。
 対シンデレラ用にと王城に張り巡らせた包囲網と罠の数々は、まるで人喰い熊を捕らえるような重装備。王家の威信を賭けたそれらを安々突破され、王子はかなりご立腹でした。

「……つ、かれた……」
「……眠……」

 明け方近くになって満身創痍で帰宅した継母と義姉たちは、命があることに感謝しながら、我が家のドアを開けました。


「あ、お帰り」
「「「何でいるの!?」」」


 ふつーに出迎えたシンデレラに、継母と義姉たちは思わず叫びました。
 それもそうでしょう。あれだけ見事な脱走劇を見せたのです、今頃国境を越えて、王子の手の届かない、遠い夜空の人になっているとばかり思っていたのです。
 しかし普段の灰色ワンピースに着替えたシンデレラは、驚愕する三人に、ふっと口元で笑いました。

「だって、癪じゃない」
「「「は?」」」
「どうして私が逃げなきゃならないの? 不二周助の目を怖れて逃げ続けるなんて、そんな非生産的なの趣味じゃないし」

 シンデレラは、かなりの負けず嫌いです。

「だから、今度は先手を打ってみたの♪」
「え?」
「それって……」

 尋ねようとした声を遮って、玄関の扉が観音開きにバッターンッと開きました。


「お早う、不二周助」
ちゃん……」


 にこやかなシンデレラとは対照的に、どこか憔悴した王子は、ずかずか人の家に上がりました。手はガラスの靴ではなく、山ほどの書類を抱えています。
 それらを勢いよくテーブルに投げ打ち、王子は悔しそうに唇を噛みました。

「やってくれたね……」
「慣れないから、手回しが大変だったかな」
「こんな手で来るとは、思ってなかったよ」

 バチバチ火花を飛ばしている王子とシンデレラに、意気地のない三年組はツッコめません。
 唯一怖いもの知らずのルーキーが、機嫌のいいシンデレラに尋ねました。

「……センパイ、何したんスか?」
「これ見て?」

 嬉しそうに示されたのは、机に散乱した書類。
 王子が持参したそれらを楽しそうに数え、ひいふうみいとシンデレラは読み上げました。

「地方豪族と有名商家の嘆願書、貴族の同意書、大臣の過半数の賛成と、騎士たちへの根回し。それから各地で起こってる騒動の数々」
「これって……?」




「起こしてみたの、クーデター♪」




「「「……は?」」」
「お陰で国内は、大混乱だよ」
「無血開城を目指してみました♪」

 嬉しそうに微笑むシンデレラに、おそるおそる菊丸は尋ねます。

「つまり、それ……」
ちゃんが先導して、王政廃止を叫んでるあちこちの火種にガソリン掛けて、見事に大火事にしてくれたよ」
「根回しなんて初めてだから、失敗しないか緊張しちゃった」

 『初めての料理の作り方』ならぬ『初めてのクーデターの起こし方』です。
 突然スケールがぶっ飛んだ会話に、継母と義姉たちは付いていけません。

「いいじゃない。今時君主政治なんて流行らないし、予定が十年早まったと思えば」
「にしては、随分手回しが見事だったよね」
「乾に手伝ってもらったから」

 ふふっと告げたシンデレラに、会話に取り残されていた継母と義姉たちは、びくっと怯えました。
 今回出てこないと安心していたのに、こんな所に顔を出していたのです。

「大変だったな。前から構想してたのを全部計画し直して、乾にプランを国中に届けてもらって、もう怒涛の一週間」
「素直に舞踏会に来たと思ったら……」
「不二周助の依頼を完了させるのも、乾の報酬に入ってたから。お陰でこっちは安上がりで済んだし、王宮の目を舞踏会に釘付けにさせるのも必要だったしね」

 転んでも唯では起きません。
 寝不足で目の下にくまを作っているシンデレラは、これから作るだろう王子に、ニヤリと笑いかけました。



「これで、王族の結婚式なんてやってる場合じゃないでしょ?」
「……本当にね」



 大きくため息を吐いた王子は、それでも負けた訳ではない、とシンデレラを見下ろします。

「でも、僕は諦めてないよ? 必要なイベントは全部こなしたしね」

 確かに舞踏会までは終了しました。残るはシンデレラを見つけ、結婚まで持ち込むだけなのです。
 最終決戦とすらいえる雰囲気の中、シンデレラはきっぱりと言いました。


「王子の肩書き、奪ってやるわ」
「僕とちゃんのどちらが勝つか、勝負だね」


 シンデレラと王子は睨み合い、ふっと笑いました。
 こうしてまた、新しい物語が始まったのです。








 数年後、青春王国は王政を廃止。
 大陸では初めて、民主主義国として産声を上げました。
 クーデターの首謀者として人々を指示したシンデレラは、王政廃止後も重職に付き、共和政体の基盤を固めていきました。
 聡明な思考と複雑な生涯、そして絶大な人気により、後々に『シンデレラ』という物語が作られたといいます。



 ですが、青春国初の催しである、元王子と女性元首の結婚式にて。
 花嫁の直前逃亡失敗譚や、花婿と花嫁の一時間にも及ぶ拳と拳の死闘劇は、ほとんど知られていないのです――。




 シンデレラin鬼と悪魔、お送りしました。
 もう最後はおとぎ話と程遠い、ぐっちょんぐっちょんです。
 ……だってシンデレラが素直に国外逃亡しないんですもの!!

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