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 鬼と悪魔と彼氏と彼女 シンデレラ




 むかしむかし、あるところに、シンデレラという娘がおりました。
 シンデレラの本名は、というのですが、どこをいじれば『シンデレラ』になるのか、誰も知りません。
 ですが話の都合上、周囲は彼女をシンデレラと呼んでいます。あしからず。

 シンデレラは『青春王国』という、思わず首吊りたくなるような恥ずかしいネーミングの国で、優しい両親に囲まれてとても幸せに暮らしていました。
 衣食住、何不自由なく過ごしていたシンデレラは、すくすくと優し――くは微妙ですが、とりあえず外見だけは、とても美しく育ったようです。
 しかし、そんな幸せも長くは続きませんでした。
 ある日突然、お母さんが病で倒れたのです。きっと日頃の胃痛が極限まで溜まったのでしょう。
 そんな大石秀一郎お母さんは、虫の息でシンデレラを呼びました。

「……シン、デ……レラ……」
「安心して、お母さん。通夜と葬式の準備、戒名も坊主の手配も完璧だから。何にも心配しないで、逝っちゃって」
「……っ(涙)」

 その一言がトドメを刺したのでしょう。大石お母さんは安らかに(?)天国へ召されていきました。
 どんなに似ていなくとも、親子は親子。シンデレラはとても悲しみました。
 そして、悲劇は始まります。
 最愛の妻(常識人)を亡くして悲しみにくれていた河村お父さんは、なんと数日後、若い後妻を連れてきたのです。
 しかもオプションに連れ子が二人。
 まだ四十九日も明けていないというのに、この馬鹿一体何考えてんだオイ、と呆気に取られるシンデレラに、お父さんはこう言いました。

「ごごごごらん、シシシンデレラ、ああ新しいお母さんだよっ!」

 もう少しスムーズにお願いします、お父さん。
 気の優しい河村隆お父さんは、見た目のまま非常に押しに弱かったので、相手方の執拗なアプローチに負けてしまったのです。
 しかし新しい母親は、確かにとても美しい人でした。
 重力に反してなびくさらさらの髪、不機嫌そうに結ばれた形よい唇、生来の頑固さを見せ付けるような鋭い眼光。
 そして極めつけは、眉間に刻まれた二本のしわ!

 そうです。後妻の名前は、手塚国光です。

 今まで見た事もない新しい魅力に、河村お父さんはめろめろでした。……そこ、もうちょっと腰に手を当てて、笑顔が大切ですよ。
 しかし継母を見たシンデレラは、確信しました。

(……財産狙いか……)

 シンデレラの予感は、大当たりでした。
 そして新婚アツアツ生活を目の前にして、お父さんは一月もしない内、ポックリ他界してしまいました。
 ゼロに乏しい演技力を期待され、ストレスが溜まったのでしょう。まるで小動物です。もしくは、継母(またはシンデレラ)が毒を盛ったのかもしれません。
 たくさんいた使用人は継母によって全員解雇されてしまい、残されたのは、可哀相なシンデレラ。
 絹のドレスから灰色のボロ服へいそいそ着替えたシンデレラに、継母は唇をぐっと噛み、こう言いました。

「さ、さあ、お前は身を粉にして働くんだ……っ」

 棒読みです。
 しかもちょっぴり声が震えています。
 けれど決死の覚悟で告げた命令も、シンデレラの一睨みできれいに霧散してしまいました。

「何ですって?」
「お、お前は……」

 手塚継母、涙目です。
 しかし勇気を振り絞って、継母はもう一度、こう告げました。

「おっ、お前は……みみっ身を、粉に……」
「何ですって?」

 完敗です。
 最初からですが、継母はシンデレラをコキ使うのを諦めました。自分の命が惜しいからです。
 しかし、継母は頭を抱えました。
 それと言うのも、屋敷の財産や両親の保険金は、全てシンデレラ名義。
 善良でも頼りない両親を全然信用していなかったシンデレラは、屋敷の宝石や株証券、土地建物の一切を自分名義に変えていたのです。
 何て悪辣なのでしょう。
 既に二人の籍は入れていたので、屋敷に居残る権利だけはありますが、そんなものシンデレラには何の障害にもなりません。
 しかし手塚には、可愛い部員――じゃなくて、娘が二人もいるのです。ここで一家路頭に迷うなど、責任感の強い継母にはとてもできません。
 継母は、覚悟を決めました。

「っ、……!」
「シンデレラです、お義母さん」

 もう一回、やり直しです。
 英字新聞片手に紅茶を飲み、優雅なティータイムを過ごしているシンデレラに、継母は頭を下げました。

「どうか俺たちを……この家に、置いてくれ……っ!!」
「いいですよ」

 あっさりOKが出ました。
 余りの呆気なさに、継母は少し驚きです。

「でも、ただ飯食らいを置いておきませんよ?」
「くっ……」
「掃除、洗濯、料理、裁縫、薪割り、靴磨き、屋根の修理にどぶ掃除。頑張ってくださいね。お義母さま?」

 弱肉強食とは、このことです。
 こうしてシンデレラ(と継母たち)の新しい生活が始まったのでした。







 青春王国は、今日も平和です。
 山の向こうから昇ってくる朝日を見上げながら、シンデレラはにっこり笑いました。

「いい天気。こんな日は、冷酒の株価が上がるんだよね」
「「……」」

 最近のシンデレラの小遣い稼ぎは、株のようです。
 嬉々として空を見上げるシンデレラを、後ろから見つめる視線。振り返ったシンデレラは、不思議そうに首をかしげました。

「どうしたの、義姉さんたち?」
「……ちゃん……」
「……センパイ……」
「シンデレラだって」

 さらりと修正するシンデレラに、涙目になって訴えてくる義理の姉たち。

「……俺、俺ッ、こんな格好嫌っス……!!」
「……俺だってぇ、にゃんでこんなヒラヒラ……!!」

 今にも泣き出しそうな義姉ツインズは、辱めに歯を食いしばって耐えています。
 明るいオレンジ色のサテンのドレスを着て、奔放に飛び跳ねている髪にいくつも白い生花を飾っているのは、上の義姉の菊丸英二。
 淡い藍色のビロードのドレスを着て、癖のない黒髪にドレスと同じ色のリボンを結んでいるのは、下の義姉の越前リョーマ。
 違和感のないドレス姿に、シンデレラは感心しました。
 扉の向こうからも、幾つもシャッター音が聞こえてきます。きっと乾あたりが裏で売り飛ばすのでしょう。

「すごく似合うよ、二人とも」
「「嬉しくない(っス)!!」」

 見事な合唱です。
 今回ぼろぼろのワンピースで安堵している、もといシンデレラは、男泣きでせっかくの化粧が剥がれている義姉たちに言いました。

「他に似合う面子がいないから、仕方ないでしょ。……それとも、何? 河村や乾たちにドレスを着ろと?」
猛毒っスね」

 その光景を想像した越前は、吐き気を抑えながら断言しました。
 中学生らしからぬ体格の彼らが着れば、即席オカマバーの出来上がりです。

「でもさ、何で手塚が継母なのにゃ?」

 菊丸の質問も当然です。
 一目瞭然ですが、継母(手塚)にシンデレラ()を苛められる勇気も甲斐性も演技力もありません。皆無です。ミスキャストとすら言っていいでしょう。
 そんな問いかけに、シンデレラはきっぱり言いました。

「決まってるじゃない。一番老け顔だから
「「なるほど!!」」

 義姉たちは心の底から納得しました。
 居間の隣で皿洗いをしていた継母は、皿を取りこぼしてガッシャーンと真っ二つに割ってしまいました。明日は朝食抜き決定です。
 ちなみにシンデレラは、継母をコキ使っている訳ではありません。
 力仕事はできても料理や裁縫など細かい仕事はできない男連中に代わって、シンデレラはちゃんと働いています。ただ、先程のようにヘマを仕出かして、罰当番になる確率が高かったりするだけです。

「それにしても、いい天気……」

 もう一度青空を見上げたシンデレラは、ふと思いました。
 こんな素晴らしい日ほど、災厄は自分から飛び込んでくるものです。
 そう、こんな風に。




「おはようちゃん、つべこべ言わずにガラスの靴を――」
「少しは台本を守る努力をせんかッ!!」




 笑顔全開で飛び込んできたのは、皆さん察しの通り、この国の王子の不二周助です。シンデレラには最低最悪の配役と言えるでしょう。
 当然ながらシンデレラは王子の胸倉を掴み、ギリギリと首を絞めながら言いました。

「お前の出番は終盤だろうが! 魔法使いどころか舞踏会フラグすら立ってないてのに出てくるな! 今すぐ帰れ!!」
「やだな、ちゃん。どうせ僕が来なくても、舞踏会行かないくせに」

 ぎくっ。

「現れた魔法使い蹴倒して、家に閉じこもって逃げるつもりでしょ?」

 ぎくぎくっ。

 図星のようです。
 黙り込んでしまったシンデレラに、ならやりそうだよな……と継母と義姉たちが頷き合っています。

「だから、遊びに来ちゃった♪」
「いらん帰れ二度と来るな」

 本音炸裂です。
 しかし王子は気にすることなく、嘘くさい笑顔を消して珍しく真剣になり、きゅっとシンデレラの手を握りました。

「聞いて、ちゃん」
「放せ魔王」
「来月、僕の十五歳の誕生日があるんだ」

 総無視です。
 有名な話ですが、不二周助の誕生日は、閏日です。単純計算すれば六十年になるのですが、そこらを追求するのは止めましょう。誰だって命は惜しいのです。

「国王は生活習慣病、王妃は更年期障害、未来は少しも明るくない。是非この辺りで、孫の顔を見せて安心させてやるのも一興だよね?」
「意味が分からん」

 思わずツッコミながら、シンデレラは一歩下がりました。
 それに合わせて、王子も一歩前に出ます。

「誕生日に合わせて舞踏会を開くけど、大臣が僕の見合いを企んでるんだ。その顔ぶれたるや、壮絶の一言」
「私が知るか」

 じりじりと後退していくシンデレラ。それを追う王子。
 滅多に見られない光景であることは間違いないでしょう。

「……」
「……」

 凄まじい緊張感が辺りを包みます。
 『隙を見せた方が負け』『殺られる前に殺れ』というヤツです。
 先行は、王子が斬り出しました。

ちゃん、結婚しよ――」
「ええい切羽詰まった顔を近づけるな!!」

 どがしっ。

 シンデレラは近くにあった箒で王子を殴り倒しました。
 しかし相手も相手、シンデレラの攻撃を上手く受け流して、商売道具の顔に傷一つつけていません。

「どうして? 自分で言うのもアレだけど、将来は一国一城の主、この上なく良い物件のはずだよ。長男なのが減点だけど、高価な食事も衣服も住居も全て国民の血税で賄えるし、権力人心思いのまま。最高じゃない?」

 最悪です。
 こんなのが次期最高権力者だと知れば、国民は血の涙を流すでしょう。
 毎度毎度どこの世界でも変わらない腹黒魔王に、シンデレラの忍耐も限界です。びしっと玄関扉を指差し、きっぱりとこう告げました。


「帰れ」


 漢前に言い切ったシンデレラに、王子もまた肩をすくめました。
 この辺りが潮時と悟ったのか、さっさと玄関に向かって歩いていきます。

「じゃ、今日は一旦帰るね」
「二度と来るな」
「今度会うまでに、僕の花嫁になる決心をしておいてね? ……またね、ちゃん♪」

 扉が閉まった直後、樫の木一枚板の高級扉にガッシャーンッとガレの花瓶が特攻しました。底値でも数百万は下らない一品でしたが、美とはやはり儚いものです。もはや跡形もありません。

「……せ、センパイ?」

 花瓶を投げつけたまま、微動だにしないシンデレラに、恐る恐る義姉の越前は声をかけました。
 笑顔で激怒するも怖いが、物静かなはもっと怖ろしいのです。
 継母や義姉の心中が阿鼻叫喚図になっていることなど知らず、やがてシンデレラは穏やかに視線を上げ、呟きました。




「……マーダーライセンスって幾らで買えるかな……?」




 シンデレラの目は、本気です。
 放っておけば間違いなく実行に移るだろうシンデレラに、慌てて継母と義姉たちが説得を始めました。

センパイ、落ち着いてください!! この世界ファンタジーっスよ!?」
「そんなドロドロした単語、夢と希望の物語に持ち込んじゃダメにゃ!」
「どこのシンデレラが殺人許可証を欲しがるんだ! 少しは物語に従おうとしろ!」
「大人の御伽噺」
「そしたら話が別路線に走るじゃないスか! 絶対不二センパイが相手っスよ!?」
「その気になった不二を誰が止める!? 頼むから三面記事に載ることだけは止めてくれ!」
「ここの管理人、裏は全然書けないんだから、あんまり無茶言うと発狂するにゃ!」
「知らん」

 マジで頼みますよ。
 そんな天の声すら無視して突っ走る、ほぼ最凶ヒロイン。

 結局、暴走が止まらないシンデレラを、継母と義姉たちが総出で止めることになりました。
 王子によって確実に不幸になったシンデレラですが、その周囲の方がもっと不幸であることは、言うまでもないでしょう。









 さて、舞台は変わって、城の中。
 国を挙げての大舞踏会を来週に控えて、城はとても活気に溢れていました。それと言うのも、この舞踏会では、王子様の花嫁探しを兼ねているからです。
 まあ、そんなことは置いといて。
 今回最大の被害者をご紹介しましょう。

「……国王、海堂薫っス……」
「……王妃役の、桃城武……(涙)」

 さて皆さん、想像力をオフにして考えて下さい。
 白雪姫の継母ばりのキラキラビラビラドレスを身に付けた、桃城武十四歳を!!

「……ッいやだああぁぁぁぁあああ!!」
「逃げんなテメッ!」

 悲鳴を上げながら逃亡しようとした王妃(桃城)を、はっしと国王(海堂)が羽交い絞めにして捕まえます。
 一人より二人。国王もまた、自分の安全を確保するのに必死です。

「チクショウ、何で俺が王妃なんだよ!? もっと似合うヤツいるだろーが!」
「俺が知るか!」

 時には汚れも必要です。
 いえそんな、ただやってみたかっただけとか、興味本位だとか、そんなことは申しません。

「言ってるだろーが! クソッ、こうなりゃ――」



「五月蝿いよ、桃」



 地獄の底を這うような声が、王子の口から響きました。
 誰も持っていないでしょうが、白馬の王子様のイメージが台無しです。
 日頃のしつけの成果でしょう、ぴたりと動きを止めた王妃に、先程から午後のお茶を楽しんでいた王子は、ふうっとため息を付きました。

「休憩時間に騒がないでくれる? 僕は招待客選択から、普段の業務までこなして、二割増忙しいのに。……桃城と海堂は楽でいいね、本当に」

 青春王国の政権は、ばっちり王子が握っています。
 そんなに激務なら、お前の顔なんか見せるんじゃない! とどこからかシンデレラの心の叫びが聞こえてきます。
 かぼちゃパンツを履くのを全力で嫌がり、無難なマントと高そうな装飾品に落ち着いた国王は、はいっと手を上げました。

「けど、俺とこの馬鹿が不二先輩の親って設定自体、無理があると思うっス」
「僕も同感だよ。だけど、消耗品は代えがある方がいいでしょ?」

 価値がなくなりゃ、ポイ捨てです。
 がんばって! 人生山あり谷ありですよ!

「……救われねぇな、救われねぇよ……」
「……先輩サイドの方がマシだったか……」

 今更何を言っても、後の祭りです。
 素で涙を呑んでいる国王と王妃に、しっしっと邪魔そうに王子が手を振ります。

「三文劇をする暇があったら、出て行ってくれるかな。いくら傀儡でも、笑顔を振りまくだけならできるよね?」

 とても親への言葉とは思えません。嘘ですが。
 文句も言えず、すごすご部屋から退出していった国王と王妃を見送ろうともせず、不二王子はのんびりお茶を飲み干しました。
 そして音を立てずにカップをソーサーに戻し、身動きせずに呟きました。

「いるんだろ、乾?」
「まあな」

 しゅんっと魔法らしく現れたのは、魔法使いの乾。
 足まで隠す黒ローブに、逆光を浴びた眼鏡と手元にはノートパソコン。
 何ともミスマッチな風袋と手段を選ばない腕前で、国内でも恐ろしいと評判の黒魔術師です。
 何もない空間に突如人間が現れたのに、動揺どころか身動ぎすらしない王子も恐ろしいですが。

「久しぶりだな、不二」
「また頼みごとをしてもいいかい?」
「報酬次第だ。話だけなら聞くぞ、一番のお得意だからな」

 どうでもいいのですが、こいつらは『王子』とか『魔法使い』とか役名で呼ばないのでしょうか。元々人知を超えた奴らなので、端から諦めていますが。
 そんな疑問は置いといて、とりあえず王子は魔法使いにこう切り出しました。




「期間限定でいいから、ちゃんを操れない?




 仮にも王子が頼む内容ではありません。
 穏便にシンデレラをおびき出そうという思考は、さらっさら無いようです。
 不穏な王子の頼みにも眉ひとつ動かさず、魔法使いは机のお茶菓子を摘まみながら、逆に王子に尋ねました。

「……人心を操る魔術もあるが、あのに効くと思うか?」
「無理だろうね」
「ああ。実際駄目だった」

 もう試したようです。
 こいつもやはり王子と付き合いがあるだけ、一筋縄では行かない人格です。

「前置きはさておき」
「冗談なのか」
「どうすれば、ちゃんを花嫁に祭り上げられるかな?」

 シンデレラの為にも、周りの為にも、ひいては全世界の為にも、王子は絶対に諦めるべきでしょう。
 けれど、この世の中には相手を不幸にしても自分の幸せを貫く、という輩もいるのです。

「一応言わせて貰うが、舞踏会で正式に見合いをする姫もいるだろう?」
「……ああ、いたね。そう言えば」

 魔法使いは目的の為には手段を選びませんが、とりあえず常識派です。
 このままだと確実に不幸になるシンデレラの為に、手元のPCを開きながら言いました。

「舞踏会に来るのは、北の国の眠り姫、東の国のかぐや姫、南の国の人魚姫、西の国の白雪姫か。……ここらで手を打とうと思わないのか?」

 魔法使いの言葉に、王子はクッと鼻で哂いました。


「橘(かぐや姫)や阿久津(眠り姫)や樺地(人魚姫)やジャッカル(白雪姫)なんかと、結婚しろと? この僕に?」


 一番筋肉質なのを揃えてみました。
 魔法使いは一瞬言葉に詰まり、ささっと目を逸らしましたが、しばらくしてこう答えました。

「……人間、顔じゃないぞ」
「あんなゲテモノ、僕の隣に置いておけって? 冗談じゃない。桃でさえ吐き気がしたのに、更に酷いものを一生見て過ごすなんて、僕の美意識が許せないね」

 酷い言われ様です。

「それに、外見だけ美しい箱入り姫君より、世間の荒波に揉まれて磨かれたちゃんの方が百倍面白――いや、添い遂げたいんだよ。大体、僕の縄張り(国内)で大きくなった獲物を他人にくれてやるほど、心広くないんだよね」

 王子の本音が洩れました。
 くすっと微笑む王子に、魔法使いは内心同情しました。犬に噛まれたと思って諦めるしかありません。

「とにかく、舞踏会まであと五日。当日にちゃんを飾りつけて城に呼び寄せてしまえば、後は僕の独壇場。一応対策は練るけど、世の中保険をかけて無駄ってことは無いからね」
「念入りだな」
「当然だよ。作り話とはいえ、僕の一生が係るんだ。最後の手段には、手塚・菊丸・越前を誘拐して命を脅かせば、いくらちゃんでも無視できないかな」
「悪役のセリフだぞ」

 益々『王子様』から遠ざかっています。
 本当に手段を選んでいない王子に、ふむ、と魔法使いは頷きました。

「まあ、俺も力は貸そう。不二とは長い付き合いだ」
「持つべきものは有能な友だね、乾」
「で、俺は何をすればいい?」

 かなり気軽に尋ねた魔法使いに、王子は迷わず言いました。



ちゃんを、城まで連れてきて欲しいんだ」



「……それだけか?」
「最低条件がこれなんだ。必要なら国家権力と財産をフル活用するから、何でも言って」

 乱用にも程があります。
 脳内でデータ処理しながら、それでも魔法使いは不思議そうに首をかしげています。

「しかし、それなら騎士団でも使って、を舞踏会当日まで監禁した方が、ずっと楽じゃないか?」

 もっともな疑問です。
 けれどそんな魔法使いの言葉に、王子は忌々しそうに首を横に振りました。

「……この世界にいる以上、最低限『シンデレラ』に沿うのが義務なんだ。それが無ければ、僕も舞踏会なんてまどろっこしいことせずに、さっさと結婚式に持ち込むよ」
「成る程。シンデレラは魔法使いの助力で舞踏会に出席し、王子に見初められるのがセオリーだな」

 天の声は無視しても、定石は変えられません。
 逆に言えば、物語に沿ってさえいれば、何をしても構わない、ということです。
 ですがシンデレラを罠にはめる為に、魔法使いを雇う王子など、聞いたこともありませんが。

「さて、それじゃ」

 乾はローブの中から、じゃらっと算盤を取り出しました。

「肝心の報酬だが」
「今回も、桃城の寿命の一括払いでいいかな?」
「ああ。きっかり十年分でどうだ?」
「高いね」

 ばちいっ。
 二人の間に、熱い火花が飛び散ります。

「少しはまけなよ。六年七ヶ月」
「こっちも商売だ。九年八ヶ月」
「長い付き合いじゃない。七年一ヶ月」
「公私の区別はつける筋だ。九年六ヶ月」
「ぼったくってない? 七年四ヶ月。」
「相場はこんなものだ。九年ジャスト」
「……八年と二ヶ月。これ以上は出せないよ」
「……仕方ない。契約成立だ」

 これが悪魔の取引でなくて、何だと言うのでしょう。

「相変わらずガメついな、不二」
「限りある物は大切に使わないとね」

 確かに桃城王妃の寿命には限りがありますが、王子の所有物ではありません。……そのはずです。
 知らぬ間に生命を競りに出されている王妃の、安らかな老後を祈るばかりです。

「それじゃ、吉報を待っていてくれ」
「楽しみにしてるよ」

 王子に背を向け、呪文もなしに立ち去ろうとした魔法使いは、ふと呟きました。



「……しかし惜しいな。この魔術が元の世界でもあれば、データが取り放題なんだが……」



 全人類のプライバシーの為にも、この男に魔法を与えてはいけません。
 この話がパラレル読み切りなのが、何よりでしょう。




 シンデレラin鬼と悪魔、前編をお送りしました。
 一話完結しようと思っていたのに、予想以上に長くなってしまいました。すいません。
 次回、ようやく舞踏会が始まります。

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