それは聖夜の幕が下りる五分前のこと。
 手馴れた様子で鍵を外し、四階の窓から音もなく侵入した黒髪の友人に、は動揺することなくあっさりと、やや皮肉げな笑顔で招き入れた。

「いらっしゃい、原因不明の難病に襲われて本日面会謝絶のヴァンツァー・ファロットくん?」
「……」
「いやー本当に凄かったよ。鬼気迫ったお姉様たちが休み時間ごとに『ヴァンツァーを何処に隠したの!?』って、もう血走ったこと血走ったこと」

 じろり、と藍色の双眸で睨まれて、は大げさに肩を竦めてみせた。

「はいはい、冗談だって。いくらで保険医丸め込んだの?」
「ジンジャー・ブレッドの直筆サイン色紙、口紅付きだ」
「あぁ、あの先生パスケースに生写真入れてるって噂、本当だったんだ」

 納得したとばかりに頷いているの頭を片手で掴むと、ヴァンツァーはぐいっと自分へ引き寄せた。

「いいから出すものをさっさと出せ」
「それ悪役の台詞だと思う」
「煩い」

 不機嫌そうに言った彼の耳は、うっすら赤く染まっていて。
 入れ食い状態な外見とは裏腹に、純情な夢に夢見る乙女のようなところがあるヴァンツァーに、いかにも楽しそうに笑いながらは用意していた小さな箱をひょいっと手渡した。

「はい。ハッピーバレンタイン、ヴァンツァー」
「……ああ」
「明日はちゃんと学校来るんで――ってこら、もういないし」

 ちょっと目を放した隙に消え失せた黒髪の少年に、はやれやれとため息をついた。
 まぁバレンタイン当日に現れただけ良しとするか。
 年に一度の聖なる祭典が終わったことを時計で確かめて、明日の騒動を考えながらは小さくあくびを洩らした。


 ――机に置かれた一輪の花にが気づくのは、それから少し後のこと。




 クレオメの花言葉:【思ったほど悪くない】

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